【少林寺拳法】「自分の正しい技」を強要する指導者の自己満足。正論が門下生の成長を阻害する理由
「あの技は間違っている!」 「正しい技の形とはこうだ!」 指導の現場において、このように自身の信じる「技の正しさ」を振りかざす指導者がいます。しかし結論から言えば、この正論の押し付けは教える側を気持ちよくさせるだけであり […]
【少林寺拳法】法形に固執するな、疎かにもするな。「形」を本物の実利に変える絶対条件
法形(基本の形)は、少林寺拳法におけるすべての技の土台です。これを軽視しては決して上達しません。 しかし、法形を「絶対的な正解」として固執しすぎると、技は単なる空虚な舞踊に成り下がり、本来の実利(護身術としての有用性)を […]
【少林寺拳法】高段者=達人という錯覚。過去の段位や大会実績に驕る者が、自らの成長を止める理由
「高段者は経験豊かで技も上手く、ゆえに偉い」 拳士の中には、段位と実力を無条件に結びつける発想を持つ人がいます。しかし、それは限られた一部の「本物の高段拳士」にしか当てはまりません。 本当に技が上手く、理合を体現できてい […]
【少林寺拳法】「楽しさ」を求めるな。厳しく辛い修練の過程こそが、唯一無二の価値(思い出)となる理由
友人たちとの旅行を振り返る時、最も鮮明に記憶に残っているのは何でしょうか。 美味しかった食事や美しかった景色よりも、道中の予期せぬトラブルや、ハプニングを必死に乗り越えた経験の方が、後になって圧倒的に濃い「思い出(ネタ) […]
【少林寺拳法】熱心な指導という名のエゴ。過保護が拳士を潰し、「適度な放任」が自立を生む理由
人柄が良く、熱心な指導者が全力で門下生を応援し、育てようとする。 一見するとこれは素晴らしいことであり、歓迎されるべき美談のように思えます。しかし、この「指導者の過度な熱心さ」の裏には、往々にして指導者自身の見苦しいエゴ […]
【少林寺拳法】合同練習は単なる「思い出作り」か。手抜き指導の実態と、不満を漏らす参加者の致命的な甘え
SNSを開けば、大学の拳法部や様々な道院・支部が集まり、笑顔でワイワイと合同練習を行っている楽しそうな写真が溢れています。 しかし、それに参加して「やった感」や「楽しさ」だけで終わり、自分の技量や内部感覚には何一つ実利( […]
【少林寺拳法】大学生の演武指導は「応援」ではない。嫌われることを恐れて指導を放棄する指導者の保身
「演武指導では、本人がやりたい構成を好きなようにやらせて、応援してあげるだけで構わない」 「ズバッと指摘すると、大学生拳士から『鬱陶しい』と嫌われてしまうから」 結論から言えば、これらは門下生を思いやっているように見せか […]
【少林寺拳法】「80点以下をつけるな」という同調圧力。忖度された点数は、努力した拳士への最大の無礼である
大会で審判員を務めると、1組目の演武終了後に審判員が集まった際、主審から「80点以下をつけないで下さい」「拳士の心が折れる(詰む)ようなことをしてはならない」と指示を受けることがあります。 私は、この風潮に対して非常に強 […]
【少林寺拳法】段位や「受け売り」で語る指導者の卑怯さ。己の身体で得た生きた経験のみを語るべき理由
「私は少林寺拳法〇段です」 「〇〇という役職を務めています」 自己紹介や指導の場で、自身の段位や役職をことさらにアピールする拳士をよく見かけます。しかし、教わる側の門下生にとって、そんな指導者の「付録」などほとんど興味の […]
【少林寺拳法】法形の「形」に固執するな。見た目の美しさを追う者が実利(護身の実用性)を失う理由
少林寺拳法の修練において、法形(基本の形)が最も重要な土台であることは言うまでもない。法形そのものの有用性を問われれば、「極めて高い実用性を持っている」と断言できる。 しかし、法形の「見た目の形」や「決まった手順」に固執 […]









