少林寺拳法の道院・支部において、運営から技の細部に至るまで、すべての「大間違いの元凶」は所属長(道院長・支部長)にある。

どこの道院や支部も、基本的には所属長の過去の経験に基づいて運営されている。しかし、この「過去の経験に基づく成功体験」こそが、時に組織を崩壊させる猛毒となる。

経験への固執が招く「錯覚」

「俺の方がすごい」「俺の方が上手い」「俺の方が進んでいる」 指導者が無意識に抱くこの錯覚こそが、最大の過ちの引き金であると強く思います。自らの情熱や技術の高さだけで、道院の運営がうまくいくことは絶対にありません。

私自身の例を挙げます。私は過去に学生拳法の競技において、選手育成の豊富な経験と実績を積んできました。しかし、その当時の育成メソッドを現在の自分の道院でそのまま適用すれば、たちまち門下生は疲弊し、道院は廃止に追い込まれるでしょう。 いくら大会志向の拳士が集まっていたとしても、当時の学生と現在の門下生では、目的も環境も前提条件も全く異なるからです。

過去の指導法が通用しない現実を直視し、門下生と環境の変化に対する「謙虚さ」と「危機感」を持たなければ、指導者はただの独裁者へと堕落します。

門下生に「進言」を躊躇させる構造的欠陥

道院長や支部長という存在は、普通の拳士とは「少林寺拳法を続ける覚悟」の次元が違う。 お金を払ってまで苦楽を求め、どんなことがあっても修練を「休めない」のではなく「休まない」。その常軌を逸した情熱と技の卓越さは、時に門下生を圧倒し、萎縮させる。

  • 進言を阻む要因:
    • 指導者の圧倒的な情熱と気合いに対する気後れ
    • 「自分が意見しても良いのか」という技量差による遠慮
    • 指導者の過去の成功体験(プライド)への配慮

このような空気が蔓延し、所属長も門下生も「互いに疑問をぶつけ合わない」状態に陥った道院は、完全に成長が止まります。幹部が機能していない限り、所属長が大局を見誤ったまま組織は沈没しかねません。

成長のために「異論」をぶつける環境を

門下生からの進言は、所属長自身が己の盲点や、独りよがりな運営方針に気づくための唯一のカンフル剤です。 だからこそ、門下生は自分が成長するためにも、たとえ自分一人の意見であっても、指導者に対して明確に疑問や意見を進言すべきです。説明を受けることで、自分自身の理解不足に気づくこともできます。

そして何より、我々指導者側が「情熱や威厳に負けて進言できない」という門下生の言い訳を許すような、閉鎖的な環境を作ってはならない。

常に初心に帰り、己の過去の成功体験を疑うこと。 門下生からの鋭いツッコミや異論をシステムとして組織に組み込み、それを真摯に受け止める度量を持つこと。それができない指導者は、今すぐその座を降りるべきでしょう。

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