これまでの指導経験の中で、拳士によって成長スピードには明確な差が生じます。今回は、武道における「学ぶ姿勢」について、少し厳しいかもしれませんが、指導者としての私の本音をお話しします。
「お客様気分」は百害あって一利なし
各道院・支部において、「教えてください」「〜してください」と、口を開けて正解を与えられるのを待っているだけの拳士がいます。私はこのような受け身の姿勢を「お客様拳士」と呼び、強い違和感を感じています。
道場はお金を払ってサービスを受ける場所ではありません。自ら動こうとせず、お願いばかりで何もしない姿勢は、指導者や共に修練する仲間の時間、エネルギー、そしてお金を損なう行為です。
本人は悪気なく行っている場合がほとんどですが、自分のことしか考えておらず、周囲に迷惑をかけていることにすら気づけない。厳しいようですが、これは「百害あって一利なし」です。
技は「教わる」ものではなく「自ら掴み取る」もの
大前提として、技というものは周りが何とかしてくれるものではなく、自分自身で身につけるものです。
初めから「教えてもらおう」というスタンスの人に、私はあえて手取り足取り教えることはしません。教えすぎず、門下生が自ら考え、発見するための「余白」を大切にしているからです。
自主性のない人間に対して、指導者が自分の貴重な時間を割いてまで関わろうとは思わないものです。 動機は自分で作り保ち続ける努力を怠ってはなりません。
あえて「放任」するからこそ、強固な基盤が育つ
すべてを教え込まない私のやり方は、時に「放任」と言われることもあるかもしれません。しかし、ある程度自由にやらせ、自主的に取り組んでこそ、技は本当に自分の身になるのです。
もちろん、最初は動きが安定せず、本人も「スランプではないか」と不安に思う時期があるでしょう。しかし、他人に与えられた正解をなぞるより、自問自答と試行錯誤を経て掴み取った技術の方が、次第に安定し、少々のことでは崩れない強固なものになります。
まとめ:頼りきりの人間になってはいけない
自分で身につけようとする努力を放棄し、誰かに頼ってしか物事ができない人になってはいけません。
自ら考え、動き、掴み取る。その主体的なプロセスこそが、道着を着て修練する真の意味であり、武道における本当の強さへと繋がっていくのです。

