【少林寺拳法】失敗という「事実」を隠す審判員の罪。忖度なき評価と「継続」が拳士の回復力を創る
2026年9月7日
以前、ある大会で見習い(白帯)から有段者までが同じ土俵で競う種目の審査員を務めた際、非常に強い違和感を覚える出来事がありました。 主審から「見習いから有段者まで資格(帯の色)に応じて点数をつけてあげてください(甘く採点し […]
【少林寺拳法】審判員・考試員の座を既得権益化するな。過去の物差しで若者の「進化」を嘲笑う指導者は去れ
2026年9月3日
先日、全国レベルの大会で審判員を務めさせていただきました。 その裏で、長年審判員に選ばれていたある指導者が、今回自分が外されたことに対して不満を漏らし、実行委員会にクレームを入れたという事実を耳にしました。 「自分が全国 […]
【少林寺拳法】武階(段位)と「審判の目」は比例しない。高段者こそ審査を一から学ぶべき理由
2026年5月9日
武道の世界において、しばしば混同されがちな事実があります。 それは、「自ら技ができること」「他者の技を審査(見極め)できること」「他者に教えられること」、この3つは本来まったく異なる能力であるということです。 しかし、現 […]
【少林寺拳法】演武の審査基準は厳格化すべきではない。ルールが拳士の「個性」を殺す構造的欠陥
2026年3月10日
審判の「眼」がバラつくのは必然である 「審判によって評価が違う」という不満を耳にするが、審判の眼がバラつくのは当然である。 審判員といえども、それぞれ異なる修行経験と身体感覚を経て現在に至っています。この多様性を無視し、 […]
【少林寺拳法】「80点以下をつけるな」という同調圧力。忖度された点数は、努力した拳士への最大の無礼である
2025年6月24日
大会で審判員を務めると、1組目の演武終了後に審判員が集まった際、主審から「80点以下をつけないで下さい」「拳士の心が折れる(詰む)ようなことをしてはならない」と指示を受けることがあります。 私は、この風潮に対して非常に強 […]
【少林寺拳法】大会ルールが個人の特色を奪う。「どれも同じ演武」に見える現状への強い危惧
2024年6月12日
「最近の学生拳士の演武は、どれも同じに見える」 そんな声を聞くことがありますし、正直なところ私自身もそう感じることがあります。 厳密にはそれぞれ異なる動きをしているはずなのですが、なぜか全体として「同じような空気」に包ま […]






