【少林寺拳法】ただ単に拳士を増やす必要はない。私が道院の「適正規模」にこだわる理由
少林寺拳法の道院を運営していく中で、私は「単に拳士の数を増やすこと」が必ずしも良いことだとは思いません。 重要なのは、人数の多さではなく「志ある者が集う場所になっているかどうか」、ただそれだけです。 修練の基準は「覚悟を […]
【少林寺拳法】世界一になっても祝賀会は開かない。結果に対する「ご褒美」が武道の心を奪う理由
少林寺拳法 東京日本橋道院の道院長として、私には明確に定めている一つの指導方針があります。 それは、「たとえ門下生が全日本大会や世界大会で優勝したとしても、祝賀会を開いたり、特別なご褒美を与えたりは絶対にしない」というこ […]
【少林寺拳法】小学生拳士に「競技大会」は不要である。勝利至上主義が奪う子供の多様な経験と可能性
少林寺拳法を始める目的は人それぞれですが、最も重要なのは「少林寺拳法に興味を持ち、長く修練を継続すること」です。 その意味で、大会に出場することは修練の動機付け(きっかけ)としては有効です。しかし、小学生の拳士に対して「 […]
【少林寺拳法】高段者=達人という錯覚。過去の段位や大会実績に驕る者が、自らの成長を止める理由
「高段者は経験豊かで技も上手く、ゆえに偉い」 拳士の中には、段位と実力を無条件に結びつける発想を持つ人がいます。しかし、それは限られた一部の「本物の高段拳士」にしか当てはまりません。 本当に技が上手く、理合を体現できてい […]
【少林寺拳法】法形の「形」に固執するな。見た目の美しさを追う者が実利(護身の実用性)を失う理由
少林寺拳法の修練において、法形(基本の形)が最も重要な土台であることは言うまでもない。法形そのものの有用性を問われれば、「極めて高い実用性を持っている」と断言できる。 しかし、法形の「見た目の形」や「決まった手順」に固執 […]
【少林寺拳法】2025年道院長・支部長講習会で感じた組織の未来と、本当に必要な「腹を割った交流」
先日、本山(香川県多度津町)で開催された2025年の道院長・支部長講習会(1次)に参加してきました。 終了後のアンケートにも率直に書かせていただいたのですが、私が今回一番強く感じたのは、「知識や技を学ぶことも当然大事だが […]
【少林寺拳法】組演武「最優秀賞」のアドバイスが役に立たない理由。猿真似は自分の強みを殺す
大会で「最優秀賞」に輝いた素晴らしい組演武。 その演武を真似したい、あるいは受賞した拳士から直接アドバイスをもらって、自分たちも結果に近づきたい。そう願う拳士の気持ちは、痛いほどよく分かります。 しかし、あえて厳しいこと […]
【少林寺拳法】指導者のそばには「ツッコミ役」が必要。地位に胡座をかかず「自分はまだまだ」と自戒する理由
道院長や支部長という立場になると、門下生に「指示をする立場」になるため、自分の動きや指導に対して他人から指摘される機会が極端に減ってしまいます。 実は、これが一番恐ろしいことなのです。 指摘されない環境に長く居続けると、 […]
【少林寺拳法】四段の頃が一番楽しかった?段位の「停滞期」を抜け出し、拳法人生を輝かせる方法
少林寺拳法の修練を続けていく中で、「どの段位の頃が一番楽しかったか?」と問われれば、私は「四段になった頃が一番楽しめたかもしれない」と答える気がします。 今回は、東京日本橋道院の道院長として、多くの拳士が直面する「段位の […]
【少林寺拳法】私が武専を通わなくなった理由。自らを高める「環境」の選び方
修練を長く続け、本気で成長していくためには「自分が一番伸びる環境を整えること」が何よりも大切であると強く思います。 実は私自身、昨年度まで東京武専に通っていましたが、今年度から通うことをきっぱりとやめました。 理由は至っ […]









