【少林寺拳法】「点数が上がる正解」を求める甘え。審判のためではなく己のために演武をせよ
2026年3月23日
先日、大学生の演武講習会に審判員として参加し、次代を担う学生たちに直接フィードバックを行う機会を持ちました。他の審判員の多様な着眼点に触れることができ、非常に実り多い場でしたが、同時に指導の現場で頻繁に耳にする「ある言葉 […]
【少林寺拳法】演武の審査基準は厳格化すべきではない。ルールが拳士の「個性」を殺す構造的欠陥
2026年3月10日
審判の「眼」がバラつくのは必然である 「審判によって評価が違う」という不満を耳にするが、審判の眼がバラつくのは当然である。 審判員といえども、それぞれ異なる修行経験と身体感覚を経て現在に至っています。この多様性を無視し、 […]
【少林寺拳法】すべての間違いは「道院長」から生まれる。過去の成功体験という猛毒と、進言の重要性。
2026年3月8日
少林寺拳法の道院・支部において、運営から技の細部に至るまで、すべての「大間違いの元凶」は所属長(道院長・支部長)にある。 どこの道院や支部も、基本的には所属長の過去の経験に基づいて運営されている。しかし、この「過去の経験 […]
【少林寺拳法】達人よりも「憧れの先輩」。学生拳士を伸ばすのは過保護な指導ではなく「適度な放任」である
2026年3月3日
結論から言えば、大学生の拳士を最も成長させるのは、優秀な指導者による手取り足取りの指導ではなく、身近にいる「憧れの先輩」の存在です。学生拳士の指導においては、すべてを教え込もうとするのではなく、「適度な放任」こそが最適な […]




