【少林寺拳法】帯の色や役職は「人間的価値」の証明ではない。指導者が陥る自己錯覚のワナ新着!!
少林寺拳法は単に技を身につけるだけでなく「社会に役立つ人づくり」を目指す道です。しかし、現実の修練環境や組織運営においては、この本来の目的を見失わせる危険な心理的なワナが潜んでいます。 当道院を含め、少林寺拳法には修練の […]
【少林寺拳法】武道の指導者の本当の仕事とは。「守破離」がもたらす寂しさと、同志誕生の喜び
育児において、「親の本当の仕事は、子供が親を必要としなくなる状態を作ること」だという言葉を聞いたことがある。 我が子に抱っこしてとせがまれていた日々は、いつか必ず終わりが来る。そして、それはある日突然やってくる。「今日が […]
【少林寺拳法】「褒めて伸ばす」と言う過度な甘やかしが拳士の成長と技術向上を奪う理由
現代の教育やスポーツ指導の現場では、「褒めて伸ばす」というアプローチが主流となってしまっている。 確かに、初心者の緊張をほぐし、モチベーションを維持する入り口としては一定の効果があるだろうと思います。しかし、東京日本橋道 […]
【少林寺拳法】「今日も修練は休もう」。有段者ほど陥る“何もしないコスト”と武道の心得
仕事や学校が終わり、「さあ道場へ行こう」と思うその瞬間。ふと、「今日は疲れているから」「少し体調が優れないから」と、何かと理由をつけて稽古を休んでしまった経験は誰にでもあるだろう。 指導者として道場に立つ中で、修練の足が […]
【少林寺拳法】「教えてください」と待つだけの“お客様拳士”が成長しない理由
これまでの指導経験の中で、拳士によって成長スピードには明確な差が生じます。今回は、武道における「学ぶ姿勢」について、少し厳しいかもしれませんが、指導者としての私の本音をお話しします。 「お客様気分」は百害あって一利なし […]
【少林寺拳法】胴やミットをいい加減に持つ人は上達しない。相手を思いやる「受け手」の重要性
武道や格闘技の稽古において、突きや蹴りの威力を高めるために欠かせない「胴」や「ミット」を使った修練。 今回は、東京日本橋道院の道院長として強くお伝えしたい「胴やミットを持つ側(受け手)の姿勢」についてお話しします。 結論 […]
【少林寺拳法】「点数が上がる正解」を求める甘え。審判のためではなく己のために演武をせよ
先日、大学生の演武講習会に審判員として参加し、次代を担う学生たちに直接フィードバックを行う機会を持ちました。他の審判員の多様な着眼点に触れることができ、非常に実り多い場でしたが、同時に指導の現場で頻繁に耳にする「ある言葉 […]
【少林寺拳法】法形に固執するな、疎かにもするな。「形」を本物の実利に変える絶対条件
法形(基本の形)は、少林寺拳法におけるすべての技の絶対的な土台です。これを軽視して上達することなどあり得ません。 しかし、法形を「唯一絶対の正解」として固執しすぎると、技は単なる空虚な舞踊に成り下がり、本来の実利(護身術 […]
【少林寺拳法】高段者=達人という錯覚。過去の段位や大会実績に驕る者が、自らの成長を止める理由
「高段者は経験豊かで技も上手く、ゆえに偉い」 拳士の中には、段位と実力を無条件に結びつける発想を持つ人がいます。しかし、それは限られたごく一部の「本物の高段拳士」にしか当てはまりません。 本当に技が上手く、理合いを体現で […]
【少林寺拳法】修練に「楽しさ」を求める甘え。苦痛と摩擦の先にある本物の「実利」とは
友人たちとの旅行を振り返る時、最も鮮明に記憶に残っているのは何でしょうか。 実のところは美味しかった食事や美しかった景色よりも、道中の予期せぬトラブルや、ハプニングを必死に乗り越えた経験の方ではないでしょうか?大変だった […]










