高段者であるから。 〇〇指導員だから。 〇〇という役職に就いているから。

そういった肩書きがあるからといって、指導する拳士から無条件に尊敬されるわけではないと私は強く思っています。

肩書きでしか評価できない・されない悲劇

指導者の立場や役職だけを聞いて「すごい!」と目を輝かせる拳士は、たぶん「立場や役職というラベル」でしか、人の価値を評価できない状態にあるのだと思います。

指導者が本当に尊敬されるためには、優れた技術や正しい手法を知り、それを有効な形で教えられるスキルも当然重要です。しかし、根本的に一番大切なのは「相手(拳士)にとって価値のある存在になれているか否か」です。

教わる側の拳士が、「この人の言葉には、自分にとって価値のある気づきがある」と肌で分かれば、それは自然と強い信頼に繋がります。信頼関係が構築されて初めて、人は本当に「聞く耳」を持ってくれるのです。

達人の指導がすべて有益になるとは限らない

もちろん、達人並みに圧倒的な技術を持つ指導者は、一目で説得力があるため信頼は得やすいでしょう。

しかし、武道の面白く奥深いところは、「必ずしも達人級の先生から教わることが、今の自分にとって一番有益になるとは限らない」という点です。

たとえ自分より技術力が劣っている指導員であったとしても、その人がこれまでの修練で悩み、泥臭く培ってきた「経験」や「気づき(内部感覚の変化)」は、教わる側にとって強烈なヒントになることが多々あります。 だからこそ、真に向上心のある拳士は、相手の立場や役職だけで人を評価したり、聞く耳を持たなかったりすることは絶対にありません。

自分を大きく見せようとする「大口」の醜さ

先日、それなりに高い立場にある方が、ご自身を大きく見せようとしたのか、大口を叩かれている場面に遭遇しました。 大変失礼ながら、その姿は非常に見辛く(みぐるしく)、残念に思えてなりませんでした。

それなりの立場や役職に就かれているのであれば、優れた技術と深い知識をお持ちであることは、周囲も当然期待しています。わざわざ自らの肩書きを振りかざして大きく見せる必要などどこにもないのです。

等身大の「地」の言葉で語る

それぞれの指導者が、これまでの拳法人生で経験してきた失敗や成功は、必ず他の拳士にとって有益な財産になります。

だからこそ、指導者は自分を実力以上に飾ろうとせず、自らが経験したこと、自らの身体で知ったことを、ご自身の「地(等身大の言葉)」で誠実に答えていくことが何よりも大切なのではないでしょうか。 その実直な姿勢こそが、教わる側にとって最も有益な導きになると信じています。

追伸: ちなみに、今回のアイキャッチ写真の後ろに写っているのは、私が心から尊敬する母校・日体大の大先輩です。 肩書きや役職ではなく、その生き様と背中で語ってくださる、まさに私が目指すべき「本物の指導者」のお一人です。

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