少林寺拳法をアピールする際に、付随的なメリットがあります。
例えば、
・強くなれる。
・礼儀正しくなる。
・全国に仲間ができる。
・他人と共に成長ができる。
・リーダー的資質が磨かれる。
とまぁ他にももっとたくさんありますが、
全て素晴らしいことでは言うまでもありません。
ただし、そうなるかもしれない程度のこと。
・強くなれる可能性がある。
・礼儀正しくなる可能性がある。
・全国に仲間が増える可能性がある。
・他人と共に成長ができる可能性がある。
・リーダー的資質が磨かれる可能性がある。
付随するメリットは誰でも享受できるものではないと思います。
もちろん実質的なメリットも然り。
ただ付随的なメリットは少林寺拳法でなくても、他武道や他のスポーツでも当てはまります。
少林寺拳法が限ったことではないはず。
付随的なメリットを推されて期待してやってみたもののメリットを享受できなかったら、自分には合わない?
と少なからず思ってしまいやすいのではないかと個人的にはします。
少林寺拳法が目指す人間像については拳士全員が目指すところであって、そうなるべき!
と、強いられると。
あまり良い気はしないのと同じではないでしょうか。
目指すべきところが掲げられても、
どれもできなかっても少林寺拳法をやる意味がないとは到底思えません。
少林寺拳法でしか得られないものは何なのか?についても考えたり、
付随的メリットだけを全面に押し出すようなことがないよう。
一度立ち止まって考える、
という姿勢は、普及をしていくには必要だと思います。
少林寺拳法をやってみたい。
と思わせるには先ず実質的なメリットである独自の技を全面に推すことだと思います。
ちなみに私は「剛柔一体」を一番の魅力に感じております。
突きも蹴りだけに限らず投げや関節技も習えて両得であることに。
そして今は道院長の立場で普及を楽しんでおります(=夢中になっている)。