【少林寺拳法】指導者の「長すぎる説明」が体得を妨げる。言葉よりも先に見せるべきもの
2024年3月14日
今回は、指導的立場にある方々にとって少し耳の痛い話になるかもしれませんが、批判を恐れずに私の本音をお話ししたい。 少林寺拳法の指導者の中に、技の説明が「長すぎる」方を多く見受ける。 「たくさん言葉を尽くせば、相手に深く理 […]
【少林寺拳法】なぜ段外拳士の「一人稽古」は良くないのか?自主練に潜む大きな罠
2024年3月3日
稽古に対するモチベーションが高く、「道場以外でも自主練をしたい」と考える熱心な拳士がいることは、指導者として大変喜ばしいことである。 しかし、私は東京日本橋道院の道院長として、見習い拳士や級拳士(段外拳士)の「一人稽古」 […]
【少林寺拳法】若い拳士を認める勇気を持て。指導者が手放すべき「老いの傲慢」とは
2024年2月13日
年齢を重ねるにつれ、これまでと同じように修練ができなくなるのは自然なことである。しかし、修練の量や質が落ちている指導者が、いずれ若い弟子たちに越えられてしまうのは時間の問題でもある。 今回は、東京日本橋道院の道院長として […]
【少林寺拳法】「鏡」に頼るな。身体感覚を磨き、内なる声と向き合う稽古のすすめ
2023年6月27日
道場に設置されている鏡。 自分の構えや、突き・蹴りのフォームを確認するために、鏡を見ながら稽古をする拳士は少なくない。 ただ、私は東京日本橋道院の門下生に対し、「鏡を見ながらの稽古」を原則として禁止している。 なぜ、そこ […]
【少林寺拳法】演武と乱捕りを分断するな。技の理は常に「ひとつ」
2023年5月16日
武道の修練において、「演武」と「乱捕り」をどのように捉え、日々の稽古に向き合っているだろうか。 東京日本橋道院の現場に立つ中で、この二つを切り離して考える指導の危うさを痛感することがある。今回は、その修練のあり方について […]





