少林寺拳法の修練において、剛法運用法などの実戦的な稽古は欠かせません。 その際、ケガを防止するために防具を着用しますが、「防具をつけているから安全だ」と安心しきってしまうのは、武道において非常に危険な状態だと私は考えています。

今回は、東京日本橋道院の道院長として、防具に対する「意識の落とし穴」についてお話しします。

「痛みの欠如」が防御意識と技術向上を奪う

確かに、顔や胴体に防具をつけていれば、突きや蹴りが当たっても「痛み」は軽減され、酷い外傷を負うことは避けられるでしょう。

しかし、決して忘れてはならないのは「相手の攻撃が当たってしまった」という事実です。

痛くないからといって打たれ続けているのは、体捌きなどの防御技術が甘かったことを意味します。 いくら当たっても痛くないという状況は、武道家が本来持つべき「守る・防ぐ」という意識自体を薄れさせます。攻撃に対する警戒心が鈍感になり、結果として技術の向上すらも疎かになってしまうのです。 防具をつけてただ「安心する」のは、愚かなことだと言わざるを得ません。

攻撃側の「加減を忘れる」危険性と見えないダメージ

これは、攻撃する側にとっても同じことが言えます。

「相手は防具をつけているから怪我をしにくいだろう」と高を括り、相手を思いやる加減を忘れて全力で突き蹴りを打ち込むのは大変危険です。

例えば、ヘッドギアをつけていて外傷は防げたとしても、打撃による頭部への衝撃そのものを完全に無くすことは不可能です。 本人が気づかないうちに、頸椎などの首周りに深刻なダメージを負う危険性を避けることは非常に困難になります。

最新のプロテクターでも事故は防げない

大切なのは、防具をつけても決して安心しないことです。 事故は常に偶発的に起こるものであり、まさに「油断大敵」です。

現在、少林寺拳法の安全性・合理性・実用性を考慮し、研究・開発されたニュータイプのボディプロテクター(2枚胴)が導入されています。しかし、それでも怪我は発生します。

むしろ、従来の胴(1枚胴)の方が、的確な技術できちんと当てないと打つ側も痛い思いをするため、結果的に無茶な攻撃への抑止力が働き、「かえって安全なのではないか」とさえ私は思っています。

緊張感こそが武道の魅力であり、最大の安全対策

防具はあくまで外傷を防ぐための補助的なツールに過ぎません。

相手と対峙する際の危険や、ヒリヒリとするような緊張感があること。 それ自体が武道本来の魅力であり、私たちの心身を研ぎ澄ませてくれるのです。

「防具をつけているから安全・安心だ」という甘い考えは、今すぐ捨てるべきです。 常に実戦の緊張感を持ち、相手を思いやりながら心と技を磨き続けることこそが、最大の安全対策であり、真の上達への道だと私は信じています。

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