道場に設置されている鏡。
自分の構えや、突き・蹴りのフォームを確認するために、鏡を見ながら稽古をする拳士は少なくないでしょう。
しかし、私は東京日本橋道院の門下生に対し、「鏡を見ながらの稽古」を原則として禁止にしています。
なぜ、そこまでして鏡に頼ることを避けるべきだと考えているのか。 今回はその理由をお話しさせてください。
なぜ「鏡」を見てはいけないのか?
最大の理由は、「鏡を見ている時しか、正確で理想的な動きができないクセ」がついてしまうからです。
例えば「中段逆突き」を放つとき。 高さ、引き手、膝の向き、足の位置など、体の各部位がどうなっているかは鏡を見れば一目で確認でき、その場で形を修正できます。
しかし、それは「動きを体で覚えている」状態ではありません。 鏡という外部の視覚情報に頼り、答え合わせをしながら動いているだけなのです。
この状態に慣れてしまうと、いざ鏡がない場所で動いたときや、無意識のうちに技を繰り出すような実戦の場面で、理想としていたはずの動きが途端に再現できなくなってしまいます。
武道における「体得」とは何か
武道の修練において最も大切なのは、信頼できる指導者に師事し、自分自身の「身体感覚」を通して動きを掴み取っていくことです。
「中段逆突きが高い」と指摘されれば、意識的に低くしてみる。 「今度は低すぎる」と言われれば、やや高めに突いてみる。
指導者の言葉を頼りに、自らの感覚とすり合わせる泥臭い「試行錯誤」を繰り返す。 これによってのみ、自分にとって最適な体の使い方を体得することができます。
与えられた正解を鏡で視覚的になぞるのではなく、自らの内側の感覚を頼りに正解を見つけ出す過程そのものに、武道としての価値があるのです。
鏡と動画の正しい使い分け
もちろん、鏡の存在が全くの悪というわけではありません。
もし鏡を用いるのであれば、合掌礼や各種構えなど、「静止状態の確認」に留めるべきでしょう。
動的な技の軌道や、体の使い方を確認・修正したい場合は、鏡を見ながら動くのではなく、「自分の動きを動画で撮影し、後から客観的に見て修正する」ことを強く推奨します。
視覚という便利なツールに依存せず、自分の内なる身体感覚と徹底的に向き合うこと。
少し遠回りに感じるかもしれませんが、これこそが真の武術への確実な一歩だと私は信じています。
今日も共に、熱く精進していきましょう!


