【少林寺拳法】「楽しさ」を求めるな。厳しく辛い修練の過程こそが、唯一無二の価値(思い出)となる理由
友人たちとの旅行を振り返る時、最も鮮明に記憶に残っているのは何でしょうか。 美味しかった食事や美しかった景色よりも、道中の予期せぬトラブルや、ハプニングを必死に乗り越えた経験の方が、後になって圧倒的に濃い「思い出(ネタ) […]
【少林寺拳法】熱心な指導という名のエゴ。過保護が拳士を潰し、「適度な放任」が自立を生む理由
人柄が良く、熱心な指導者が全力で門下生を応援し、育てようとする。 一見するとこれは素晴らしいことであり、歓迎されるべき美談のように思えます。しかし、この「指導者の過度な熱心さ」の裏には、往々にして指導者自身の見苦しいエゴ […]
【少林寺拳法】合同練習は単なる「思い出作り」か。手抜き指導の実態と、不満を漏らす参加者の致命的な甘え
SNSを開けば、大学の拳法部や様々な道院・支部が集まり、笑顔でワイワイと合同練習を行っている楽しそうな写真が溢れています。 しかし、それに参加して「やった感」や「楽しさ」だけで終わり、自分の技量や内部感覚には何一つ実利( […]
【少林寺拳法】大学生の演武指導は「応援」ではない。嫌われることを恐れて指導を放棄する指導者の保身
「演武指導では、本人がやりたい構成を好きなようにやらせて、応援してあげるだけで構わない」 「ズバッと指摘すると、大学生拳士から『鬱陶しい』と嫌われてしまうから」 結論から言えば、これらは門下生を思いやっているように見せか […]
【少林寺拳法】「80点以下をつけるな」という同調圧力。忖度された点数は、努力した拳士への最大の無礼である
大会で審判員を務めると、1組目の演武終了後に審判員が集まった際、主審から「80点以下をつけないで下さい」「拳士の心が折れる(詰む)ようなことをしてはならない」と指示を受けることがあります。 私は、この風潮に対して非常に強 […]
【少林寺拳法】段位や「受け売り」で語る指導者の卑怯さ。己の身体で得た生きた経験のみを語るべき理由
「私は少林寺拳法〇段です」 「〇〇という役職を務めています」 自己紹介や指導の場で、自身の段位や役職をことさらにアピールする拳士をよく見かけます。しかし、教わる側の門下生にとって、そんな指導者の「付録」などほとんど興味の […]
【少林寺拳法】法形の「形」に固執するな。見た目の美しさを追う者が実利(護身の実用性)を失う理由
少林寺拳法の修練において、法形(基本の形)が最も重要な土台であることは言うまでもない。法形そのものの有用性を問われれば、「極めて高い実用性を持っている」と断言できる。 しかし、法形の「見た目の形」や「決まった手順」に固執 […]
【少林寺拳法】指導者は好かれるより「信頼」されよ。技を見せるだけの傲慢な指導が不信を生む理由
技を見せ、正論を言えば伝わるという「指導者の錯覚」 「きちんと言葉で説明すれば分かるだろう」 「自分が素晴らしい技の手本を見せれば、もっと分かるだろう」 もしあなたがそう考えているならば、それは指導者としての大きな勘違い […]
【少林寺拳法】科目表通りの順序で技を教えるな。昇格の指標と「生きた指導」は全く別物である
少林寺拳法の修練には、武階に沿った明確な「科目表」が存在する。 物事に順序があるように、技を習得するための体系的な順序が示されていることは事実である。しかし、日々の道院での修練において、単にその科目表の順番通りに技を教え […]
【少林寺拳法】2025年道院長・支部長講習会で感じた組織の未来と、本当に必要な「腹を割った交流」
先日、本山(香川県多度津町)で開催された2025年の道院長・支部長講習会(1次)に参加してきました。 終了後のアンケートにも率直に書かせていただいたのですが、私が今回一番強く感じたのは、「知識や技を学ぶことも当然大事だが […]









